ダダイズムの詩を作るためには


新聞を手にとりなさい。
鋏を手にとりなさい。
自分の詩に与えるつもりの長さがある記事をその
新聞から選びなさい。
その記事を切りぬきなさい。
それからその記事を構成する言葉一語一語念入りに切りぬきなさい
そしてその言葉を袋に入れなさい。
袋を静かにゆさぶりなさい。
それから切ぬきを一枚ずつとり出しなさい。
袋から出てきた順番にしたがって
心をこめてコピーしなさい。
詩はあなたに似たものになるでしょう。
そして今やあなたはこの上もない独創性と魅力的な感受性をそなえた
作家になったのだ、たとえいまだ俗衆に理解されないにしても

『弱い愛と苦い愛についてのダダ宣言』 トリスタン・ツァラ

七つのダダ宣言

七つのダダ宣言

詩にとって詩であることがすべてである。詩について語ることの意味はどこにあるのかきわめてわかりにくくなっている。詩について語ること自体が困難なのだ。現在、詩は詩についても語ることを困難にするように存在している。鮮やかな個性も存在しえないし鮮やかな旗印も存在しえない。また鮮やかな言葉の色彩も匂いも存在しえない。なぜ書くかという問いが詩なのではない。何ものか物象の関係の次元にあるものから書かされているから書くのだ。詩人はじぶんが書いているのだと思い込んでいる。し、書かせているのはせいぜい編集者だと考えている。けれど無人称の何かによって書かされている痕跡ばかりは歴然としている。その拡がりと規模のためにかりに風俗とか大衆現象とか呼んでみてもじつは適切ではない。もっと無人称の何かに書かせらているのだ。

『修辞的な現在』 吉本隆明

戦後詩史論 (思潮ライブラリー 名著名詩選復刊)

戦後詩史論 (思潮ライブラリー 名著名詩選復刊)

この日本には、詩学もなければ、詩語もない、とひとは言う。詩学がなければ、詩語は、ないのだ。なにがかつてあり、何が、うしなわれたのか。うしなわれたものの、再生はどこに――

『狼』 藤井貞和

知られるかぎりのランボーの最後の詩作品は、極点ではない。たとえランボーが極点に到達したとしても、その極点の交感には、おのれの絶望という手段を介さなければ到達はしなかった。彼は可能な交感を抹殺してしまい、もはや詩作品は書かなかったのである。

内的体験―無神学大全

内的体験―無神学大全

本書は大岡信谷川俊太郎の対話集である。


少し前に両名の別の対話集(『詩の誕生』)を読んだのだが、個人的にはこの『批評の生理』の方が面白く読めた。
タイトルにもあるとおり「批評」が大きなテーマとして据えられており、大岡、谷川の両名が互いの詩を「批評しあう」というのが本書のメイン企画となっている。
異なる視点をもった両者の対話は実に面白い。(本書を読んで大岡信がより批評家寄りの人間であることを再認識させられた)


また序章ではランボー小林秀雄についても語られている。
本論とは多少外れる部分ではあるが興味深い対話が展開されていた。


大岡信の言葉より引用する。

もう一つ僕にとって重要だったのが、創元選書版の小林秀雄訳『ランボオ詩集』だった。小林秀雄ランボオというのは、旧制高校の寮で文学に関心のある人間だとたいてい最初に夢中になる本の一つなんだけど、これは翻訳以上のものという感じなんだね。とくに、本の冒頭の長文のランボオ論三編、なかでも戦前にかかれた(一)と(二)に、みんないかれてしまう。ランボオに惚れていた若い連中の大半は、実は小林秀雄の眼鏡を通してみたランボオに惚れていたんだ。
この小林ランボオをいうのが、絶対糺問者とか、言葉の局限を生きた人とか、その果にミューズを絞め殺して十九歳ですでに文学を捨てアフリカへ立ち去った野人とか、まあそういうところを強烈に印象づける論でしょう。詩人であろうとするならば、言語の世界と切り結んでそれを踏みにじって捨てていくような、野蛮な生命力に満ちた男らしい人物でなければいけない。そんなふうにアジテートする。これは強烈なパンチです。詩を書きたいと思っている少年にとって、自分と同年ぐらいの天才がすでに美の世界を究めつくしてアフリカに去った、その行為そのものが素晴らしい詩的な行為である、というふうに書かれると、どうしていいのかわからないってことになる。

これは大変的確な論であると思う。
いま思えば私もまた小林秀雄の語るランボーに魅せられていたのだろう。


思えば真面目に文学少年をしていた中学生時代、当然の習いとして中原中也を読み、また必然の流れとしてフランス象徴主義に流れていった。
そして先にも挙げたようにランボーとの邂逅を遂げた。
ただ私がはじめて読んだのは「創元選書版の小林秀雄訳」のものではなく新潮文庫版の堀口大学訳『ランボー詩集』だった。
そしてその初読から受けた感銘はさほどのものではなかったように思う。


少年時代の私に強烈な印象を与えたのはその後、手に取った河出書房新社発行の『文芸読本 ランボー』という本だった。
この本に収められた小林秀雄を筆頭とした種々の評論はまさしく「絶対糺問者とか、言葉の局限を生きた人とか」といったランボーのイメージを印象付けるものだった。
これが文学少年だった当時の私を魅了しないはずがない。
あの頃の私にとってランボーはただの詩人以上の存在だった。


アンドレブルトンは『シュルレアリスム宣言』のなかで彼のことを次のように評している。

ランボーは人生の実践その他においてシュルレアリストである。

ランボーはまさしく人生の実践者だった。


「おそるべき通行人」ランボーは十代にして詩人としての極致に至る。
その後彼はいとも容易く詩を捨て去ると、19歳で商人としてアフリカへと旅に出る。
そして29歳の若さにしてこの世を去っている。


ランボーの生き様はよくある「夭逝の天才」たちの人生とは弱冠異なるものだ。
彼は詩人である以上に実践者であり行為者であったのだろう。
詩人であることと行為者であることが共存する点がランボーの最大の魅力なのではないだろうか。(中原中也ランボーよりもヴェルレーヌに惹かれていたのも何となく理解できるように思う)


表現者として未熟な少年たちにとって、表現者としてだけでなく行為者としても完成された同年代の存在は衝撃以外の何ものでもない。
大岡の述べるようにランボーと出合った文学少年たちが「どうしていいのかわからないってこと」になるのは当然ともいえることだろう。
十代の私もまたランボーから受けた衝撃に半ば呆然としてしまったものだ。


ところで話は変わるが、少し前の記事に書いたとおり先月、私は29歳の誕生日を迎えた。
ランボーだったらもうじき死んでいる年齢だ。
文学少年だった頃から十余年、未だアフリカにも旅立てないでいる私は再び「どうしていいのかわからないってこと」になっている。

シュルレアリスム宣言・溶ける魚 (岩波文庫)

シュルレアリスム宣言・溶ける魚 (岩波文庫)

ランボー―文芸読本 (1983年)

ランボー―文芸読本 (1983年)

真夜中はまだましだ。目が醒めても、また眠れる。一時や二時も、寝返りをうつことはあっても、すぐ眠ってしまう。また、朝の四時とか五時は、夜明けが地平線のすぐ先まできているので、希望がある。しかしながら、午前三時という時刻は、まったくいけない! 医学者の説によれば、その時刻は人体の干潮に当たるという。魂がぬけ、血液の流れは緩慢になる。死をまぬがれてはいるものの、最も死に近い状態にある。眠りは死の一端であるといえるけれども、しかし朝の三時のそれは、かっと目が冴えて、さながら生き埋めになっているようなものだ! 目を開けて夢をみている。もし起きあがる力があるのなら、そのうつつな夢を猟銃で射ち殺すだろう! だが、そんな力はない。干からびた井戸の底に釘づけになっているのだ。月は天空をめぐりながら、呆けた顔で彼を見おろす。日が昇るまでには、まだ遠い。

『何かが道をやってくる』 レイ・ブラッドベリ

何かが道をやってくる (創元SF文庫)

何かが道をやってくる (創元SF文庫)

少年嗜好(ベエデフイリアエロテイカ)というのは、耽美主義発展の極致に於ける一つの必然性だ、とわたしは考えている。いわゆる「詩」が、「女」というものを対象においた幻想に醗酵されていることが事実だとすれば、「童話」とは明らかに「少年嗜好癖」に生まれたものである。

『わたしの耽美主義』 稲垣足穂

天体嗜好症 (河出文庫)

天体嗜好症 (河出文庫)